大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和51年(ワ)1530号・昭51年(ワ)4402号 判決

一 大屋照則が昭和三九年一月二二日被告との間で原告ら主張のとおりの本件契約を締結したこと、被告がその後本件商標権につき原告ら主張のような専用使用権設定の仮処分命令による仮登録を経由したこと等請求の原因1及び2の事実は、当事者間に争いがない。また、請求の原因3の事実のうち、大屋照則が昭和四六年二月三日死亡したこと、昭和四五年一一月一日から昭和四六年二月三日までの間に被告が本件商標を付して販売した商品の売上額に、四パーセントを乗じた額が金三三九万四五四九円であること、原告らと大屋照則の身分関係が原告ら主張のとおりであること、原告大屋艶子が昭和四七年八月一六日本件商標権につき相続による取得登録を経由したこと及び昭和四六年二月四日から昭和四九年三月三一日までの間に被告が本件商標を付して販売した商品次亜塩素酸ナトリウムの売上額が別表(二)中該当欄記載のとおりであることも、当事者間に争いがない。

そして、右争いのない原告らと大屋照則の身分関係に関する事実及び原告大屋艶子の登録経由に関する事実に本件口頭弁論の全趣旨を総合すれば、昭和四六年中に大屋照則の共同相続人である原告らの間で遺産分割に関する協議が成立し、大屋照則の本件商標権及び本件契約上の当事者たる地位は原告大屋艶子が単独でこれを承継することになつたことが認められる。

二 そこで、被告の主張の当否につき順次判断する。

1 被告の主張1について

前記争いのない本件契約によれば、大屋照則は被告との間で本件商標権につき専用使用権を設定する旨約したのであるから、同人は被告に対し右専用使用権の設定登録手続をすべき契約上の義務を負つていたことが明らかである。しかるに、右登録が経由されないまま現在に至つていることは、当事者間に争いがない。したがつて、被告は、大屋照則(又はその承継人)に対し、相当期間を定めて右登録手続の履行を催告し、なおその履行がないときは、本件契約の全部を解除することができることはいうまでもない。しかしながら、被告の主張するように、専用使用権を通常使用権プラス・アルフア(使用許諾権、差止請求権等)として把握できるとの見解を前提として、被告の受けるべき給付内容を通常使用権の付与に関する部分と右アルフアの付与に関する部分とに分断したうえ、前記登録手続の不履行を原因として、本件契約のうち右アルフアの付与に関する部分のみを解除することが可能であるとすることには、到底首肯することができない。けだし、専用使用権の付与に関する給付内容を右のように可分のものとして把えること自体が甚だ疑問であるばかりか、右のような一部解除が可能であるとすれば、当事者の一方のみの意思によつて契約内容を変更することを許容する結果になり、不合理だからである。

のみならず、被告主張の催告及び解除の意思表示に関する事実を認めるに足りる証拠はない。すなわち、被告は、原告大屋シズ子宛の昭和四七年一月一〇日付書面をもつて大屋照則の承継人に対し、前記登録手続の履行を催告した旨主張する。しかしながら、本件口頭弁論の全趣旨によりその成立の真正を認めうる乙第一一号証によれば、同号証中には、「被告は大屋照則の生存中同人に対し、四パーセントの料率に基づく商標使用料を支払つてきたところ、同人は前記登録手続を履行しなかつたので、右支払分のうち通常使用権の対価としての限度を超える部分は過払となつており、一方、大屋照則の正当な承継人も不明であるため、被告はその後の商標使用料の支払を停止しているが、正当な承継人との間で右商標使用料の清算につき協議したい意向である」旨の記載はあるものの、相当期間内に前記登録手続を履行すべきことの催告をする趣旨の記載は見当たらないし、ほかにこれを認めるに足りる証拠はない。また、被告は、原告大屋シズ子宛の昭和四七年三月二二日付書面をもつて大屋照則の承継人に対し、本件契約のうち前記アルフアの付与に関する部分を解除する旨の意思表示をした旨主張する。そして、成立に争いのない乙第一三号証によれば、被告が原告大屋シズ子(但し、同原告が大屋照則の承継人である原告大屋艶子を代理すべき権限を有していたか否かの点は、しばらく措く。)に対し、前記過払分の返還請求権と未払の商標使用料請求権とを対当額において相殺する旨の意思表示をしたことは認められるけれども、進んで、被告がその主張のような契約の一部解除の意思表示をしたことを認めるには到底不十分であるし、ほかにこれを認めるに足りる証拠もない。

もつとも、本件契約の一部解除等に関する被告の主張は、要するに、大屋照則が前記登録手続を履行しなかつた結果、被告は専用使用権の設定を受けられず、単なる通常使用権者としての利益を享受しえたにとどまるから、これに対する商標使用料も右通常使用権の対価としての限度においてのみ発生しているにすぎないとの趣旨を含むものと解する余地もあるので、次にこの点につき検討する。

思うに、商標権者が相手方との間で専用使用権を設定する旨の合意をした場合においては、別段の特約がない限り、相手方は、その設定登録を待つまでもなく、合意の成立と同時にその商標を独占的に使用することができ、かつ、第三者に対しその使用を許諾することも可能になると解するのが相当である。したがつて、右別段の特約の存在につき何ら主張立証のない本件においても、被告は本件契約の成立当初から本件商標を独占的に使用する等の権限を付与され、また、そのような利益を享受してきたものと認めるべく、単なる通常使用権者としての利益を享受しえたにとどまるとの被告の主張は、到底採用することができない。

ところで、本件契約上の商標使用料の支払に関する約定は、契約成立後相当期間内に被告のために本件商標権につき専用使用権の設定登録が経由されるべきことを前提としていたことは、疑いがない。しかしながら、一方、大屋照則が本件契約の締結より先、被告に対し、本件商標権につき通常使用権を許諾し、その対価として被告の商品の毎月の総売上額の四パーセントに当たる使用料の支払を受けていたこと及び被告が大屋照則に対し、昭和三九年一月分から昭和四五年一〇月分までの商標使用料として、本件契約所定の方法により算出した額、すなわち、被告が本件商標を付して販売した商品の毎月の売上額に四パーセントを乗じた額を支払つてきたことは、いずれも当事者間に争いがない。そして、被告が右後段の商標使用料の支払に当たり、前記登録手続の未了であることを認識していたことはいうまでもないところ、被告が右支払に際し、何らかの異議ないし留保をとどめたことを窺わせる証拠はない。

以上に説示した点を合わせ考えれば、被告による本件商標の使用に対する使用料の料率としては、本件契約所定の四パーセントが相当であつて、これを低減すべき合理的根拠は見出し難いものというほかはない。すなわち、被告は、本件契約の成立当初からの本件商標の使用に対し、約定の四パーセントの料率により算定された額の商標使用料を支払うべき義務を負うものである。被告の主張1は理由がない。

そうすると、大屋照則は、昭和四五年一一月一日から昭和四六年二月三日までの期間における被告の本件商標の使用に対し、金三三九万四五四九円の商標使用料請求権を取得したものというべきところ、大屋照則の死亡により、原告大屋シズ子はその三分の一に当たる金一一二万四八四九円(円未満切捨)を、その余の原告ら四名は各六分の一に当たる金五六万二四二四円(円未満切捨)をそれぞれ相続により取得したことになる。また、原告大屋艶子は、昭和四六年二月四日から昭和四九年三月三一日までの期間における被告の本件商標の使用に対し、別表(二)中商標使用料欄記載のとおり、合計金五一一三万〇二四一円の商標使用料請求権を取得したことになる。

2 被告の主張2について

(一) 前記争いのない本件契約によれば、被告は、本件商標を使用した商品の現実の売上額が一か月金八〇〇万円に満たない場合においても、右同額の売上があつたものとして、その四パーセントに当たる金三二万円を支払うべき義務を負うことが明らかであるところ、このことは右売上が皆無の場合においても同様であると解するのが自然である。そして、被告は、結局本件商標権につき専用使用権の設定登録を受けることはできなかつたものの、本件契約の成立当初から本件商標を独占的に使用する等の権限を付与されており、かつ、その対価として約定の四パーセントの料率による商標使用料の支払義務を負うものと認めるべきことは、前に説示したとおりであつて、右最低基準額による商標使用料の支払義務の発生のみをとくに右登録の経由の点にかからしめるべき理由も見当たらないから、被告は、本件契約が存続し、本件商標を独占的に使用する等の権限を有する限り、右最低基準額による商標使用料の支払義務を免れないものというべきである。右に反する被告の主張は採用しない。

(二) 次に、本件契約の一部解除に関する被告の主張が失当であることは、前に説示したとおりである。

(三) そこで、進んで商標権の存続期間の満了等に関する被告の主張につき検討する。

本件商標権のうち、登録第三八六七四六号の商標権は昭和四五年七月五日、登録第四二〇二三八号の商標権は昭和四八年一月一七日、登録第六一九五九六号の商標権は同年六月二八日の経過とともにそれぞれ最初の存続期間が満了したこと、右三者のうち、登録第三八六七四六号及び第六一九五九六号の各商標権については存続期間の更新登録が経由されたが、登録第四二〇二三八号の商標権についてはその登録が経由されなかつたこと並びに登録第五五一七七一号の商標権については未だ最初の存続期間が満了していないことは、いずれも当事者間に争いがない。

ところで、商標権の専用使用権又は通常使用権に関する約定につき期間の定めがない場合において、右約定は、その商標権の当該存続期間の満了とともに消滅するか、それとも、その商標権につき存続期間の更新登録がされたときは、当然に更新後の存続期間まで存続するかの点については、当事者間に争いがあるが、この点は取引社会の実情(この種の契約の実態)いかんに関わる問題であるので、ここで一義的に断定することは差し控える。しかして、仮に被告の主張するように、右の点につき前者の考え方を採るべきものとし、また、前記登録第五五一七七一号の商標権が本件契約における商標使用料の支払義務とは無関係であるとしても、被告がその指摘する昭和四八年六月二八日以後も本件商標の使用を継続していたことは、前述のとおり当事者間に争いがないところ、右使用の継続に対し、本件契約上の地位の承継人である原告大屋艶子が異議を述べたことを窺わせる証拠は全くないのであるから、本件契約は黙示に更新されたものと認めることができる。したがつて、この点に関する被告の主張も結局理由がない。

なお付言するに、本件商標権のうち前記登録第四二〇二三八号の商標権が昭和四八年一月一七日をもつて存続期間の満了により消滅したことは、前述のとおりである。しかしながら、成立に争いのない甲第四、第五号証及び第七号証によれば、右商標権にかかる商標は、いわゆる着色限定の商標であり、また、前記登録第三八六七四六号及び第六一九五九六号の各商標権にかかる商標とは連合商標の関係にあることが認められるところ、右両商標権がなお存続中であることは前に説示したとおりである。したがつて、本件契約上の商標の使用に関する約定の内容は、前記登録第四二〇二三八号の商標権が消滅したことによつて実質上格別の変更を受けなかつたものというべきである。

(四) 右にみたとおりであつて、被告の主張2はいずれにしても理由がない。よつて、被告は、昭和四九年四月一日から昭和五一年一月三一日までの二二か月間につき、仮にその主張のように本件商標を全く使用しなかつたとしても、一か月当たり金三二万円、合計金七〇四万円の商標使用料を支払うべき義務を免れないことになり、一方、原告大屋艶子はこれに見合う請求権を取得したことになる。

三 本件契約は、株式会社である被告がその営業のためにしたものと推定されるから、商行為であることが明らかである。

四 以上の次第であつて、原告らの本訴請求は全部理由があるから、これを認容する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!